May 19, 2021

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「寛容」では差別消えない(5月の社会時報より)

 2018年の平昌オリンピックにボブスレーのアメリカ選手として出場したクリストファー・キニーさんは、祖母が日本人ということもあって、子供時代から日本のことが大好きであった。大学を卒業すると日本へ移り、日本の会社に就職して陸上チームに所属していた。抜群の身体能力が手伝って成績があがり、仲間も増え、順風満帆に感じる日々を送っていた。
 亀裂が入った原因は、一瞬の出来事からであった。キニーさんはバイセクシュアルである。そのことを周囲には知らせていない。身近にいて仲間だと思っていた人がそのことを知り、周囲に言いふらした。陰湿な誹謗中傷の日々の始まりである。大切な試合当日に車のタイヤをパンクさせられ、車体に「くそゲイ」「ホモランナー」などと落書きされ、部屋まで荒らされた。本人が相談に行っても警察は動かない。代わりに祖母が警察署に直訴するとピタッと止まったが、かかった時間は二年間で、心に深い傷を負った。キニーさんが大好きだった日本を引きあげて帰国し、ボブスレー選手として大成するのはその直後のことであった。
 今年4月27日にLGBTQ当事者やその家族、関連する団体の代表らが参議院議員会館に集まり、与野党各議員たちの前で思いや現状を伝えた。名づけて「レインボー国会」。キニーさんも、辛い体験を動画で届けた。外国人に限らず、性的指向や性自認のために周囲から受け入れられず、苦しみ、挫折して、自傷行為を重ね、命を断った方の遺族まで、さまざまな立場の人から言葉が述べられていった。
 今国会で、性的指向と性自認に関する「理解増進」法案を提出・成立しようという動きが自民党内で起きている。法案の概要は5年前に取りまとめられたが、党内にいる保守派の強い反対に遭い、棚上げされてきた。ようやく動き出したのは、夏に開催される東京五輪があり、さらに同性婚をめぐる3月の札幌地裁判決が背中を押している形だ。五輪に関しては、性的指向をふくむあらゆる理由の差別を受けない権利と自由を五輪憲章が根本原則としており、先進7か国(G7)の中でLGBTに関する差別防止の法整備が行われていないのは日本だけである。五輪の前後に海外から冷たい視線が向けられることは必至である。法案はゼロからの一歩で前進とも言えるが、「理解増進」を目指したもので、差別的扱いに苦しみ戸惑う人々の苦痛を解消させる力を有するものではない。「多様性に寛容な社会」を実現しようという、いわゆるお願いベースの立て付けになっている。
 当日、一人の当事者としてわたくしは議員会館に呼ばれ、発言した。発言の主旨は次のような内容であった。
 理解の増進を努力目標にしただけの法案なら、今現実に起きている差別的な扱いはなくならない。そもそも寛容な社会の実現を、とうたっているところから焦点がずれているのではないか。というのも、その趣旨だとLGBTの人たちがごく自然に、当たり前に、誰にも迷惑をかけずに過ごしている日々の実態が法律に反映されないからである。
 理解が深まって生きやすくする、そのためには制度も変えようというのなら分かるが、社会を寛容にするとはどういうことか。そもそも寛容の範囲がどこまでであって、その先、あるいは、その過程で不当な差別に遭った人をどう救えばいいのか、まったく見えてこない。
 寛容という言葉を辞書で引けば分かる。寛容であることの前提に、「他人の罪過ををきびしくとがめだてしないこと」(『日本国語大辞典』)とある。目の前の人に過失があり、その過失を大目に見て、人を許すということである。
 しかし許されなければならないようなことはあるのだろうか。わたくしたちは、後ろめたいことを何ひとつしていないのに、寛容とは何ごとか、正直にそう申し上げたい。出発点からずれていると言ったのには、そういうことがある。
 差別的な扱いをされない、安心して個として、市民として生涯にわたって力を発揮できる社会を実現しようという姿勢を法案の真ん中に据え、国にも具体的な制度整備に着手して、真の豊かな社会にしていっていただきたいと願っている。
 集会が終わり、帰路についた。少しばかり晴れ間は見えたのだが、虹が出るのに相当な時間がかかると感じた。
早稲田大学特命教授 ロバート キャンベル