April 9, 2018

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「私の東京物語」 【9】 (全10話)

駒場 時の移ろい

IMG_1454.jpg 東京で2つ目の職場は東京大学教養学部の駒場キャンパスであった。昨年3月まで、17年間も通った場所なので風景は今も胸に焼きついている。

 早春はキャンパスの東側、矢内原門跡の石碑の前にひっそりと咲く梅林の梅。実がなると、知り合いの印刷業者が落ちた実を丁寧に拾い集めて酒に漬け、1年ほどかけ琥珀色になった美酒を私のポストに入れてくれていた。

 正門の西側にある坂下門から上がってくると、小川が流れその先に古い八重桜が並んでいる。入学式の頃華やかに咲くソメイヨシノより開花は遅く、静かにゆったりと花をつける。毎朝研究室に入る前、いつもほっとさせらた。

 駒場といえばキャンパスの東西を走るイチョウ並木が見事。11月下旬ごろの晴れた日には、東京特有の真っ青な空の下、黄金に燃えるイチョウと、その下をにぎやかに行き交う学生の黒髪やくすんだ色の洋服が絶妙に調和し、まるで動く絵画のようになる。

 駒場キャンパスは、戸越にあった国文学研究資料館もそうだったように、江戸時代から続く歴史のある土地であった。将軍家の鷹狩場から明治政府の駒場農学校となり、関東大震災の後、旧制第一高等学校がここに移った。同じ頃かつて本郷にあった旧加賀藩前田家は屋敷を東大に譲り、代替地の駒場に移ってきた。戦後、旧制一高は東大教養学部に、前田家の屋敷は駒場公園になった。かつての封建領主の土地が公園と研究・教育施設に分かれて育つという独特の歴史をもった空間で、私は時の移ろいを満喫した。

(2018年2月19日付、東京新聞朝刊より)