戸越 公園の池
福岡から東京へ移り住んで20年余り。その間3カ所の職場で働いてきた。場所は都区部と多摩地域に分かれるが、それぞれがかつての国立機関という共通点がある。
たとえば戸越。1995年春、僕は九州大学から当時品川区豊町にあった国文学研究資料館(現在は立川市)の助教授に着任した。毎朝、東中野から新宿で山手線に乗り換えて大崎駅で降り、15分ほど歩く。途中、景色のよい坂道があり、アジフライのおいしい小さな洋食屋もあった。僕はこのルートがお気に入りで、いつもここを通っていた。
資料館の敷地に入ると、右手のうっそうとした木立の中に旧三井家が大正時代に建てた3階建ての資料庫がある。正面にある白いタイル張りの建物が本館。ロビーを突っ切って行くと高い天井まで伸びるガラスの壁には扉があり、出ると建物と同じぐらいの広さの円い池があった。ここは無音の世界。初夏には黄ショウブが咲き、池の畔(ほとり)で亀が甲羅干しをしている。一羽のアオサギがそれをじっと見つめている。
ここは隣接する戸越公園とともに江戸時代には旧熊本藩細川家の下屋敷があった土地で、池も大名庭園の一部だった。明治時代に旧三井家が買い取り、戦後の財閥解体で国の所有になったと聞く。
池の地下には樋(とい)が通っているとも聞いた。隣の公園の池との間を、魚たちが自由に行き来できるように作られたというが、この話、今でも本当かうそか定かではない。
(2018年2月16日付、東京新聞朝刊より)