April 6, 2018

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「私の東京物語」 【6】 (全10話)

銀座 特別な場所

IMG_0539.jpg 僕にとって銀座は、東京であって東京ではない特別な空間である。だいいち地図もナビもなくてもさくさく歩ける。京橋から新橋の間の8丁の街は格子状のブロックごとに並んでいる。 

 そういえば江戸時代に急なお客に出す「八杯豆腐」(はちはいどうふ)という料理があった。豆腐1丁を拍子木状に切って落とした簡単な汁物だが、銀座の街割りもまさに豆腐1丁を8つに切って詰めたように見える。スクエアな形にフラットな地形。まさに豆腐的。渋谷や麻布のように視界が急に狭くなったり変化することはない。

 ニューヨーク生まれの僕は、銀座にいるだけで落ち着く。坂道が織りなす美しい景観はないが、ストレスなく歩けることで、歩いている内に目的地も忘れ自分が進んでいる舗道と同化するような気持ちになる。すれ違った人の洋服やしぐさ、間断なく続く店のウインドー、ずっと先までつながっている車の列も目に入り、意識の中に溶けてゆく。

 一度だけ銀座に泣かされたことがある。1丁目に、友人の森岡督行が営む「1冊の本だけを売る」ことで有名な素敵な本屋「森岡書店」がある。立ち寄った際「上階に空室があるから見ていかない?」と森岡君。建物は昭和初期の歴史的建造物。上がってみると、天井の高さが2階分ある広大な四角い空間。頭上にバルコニーがせり出す。聞くと戦前、芝居の稽古場に使われていたらしい。「借りたい」という欲望に駆られ即申し込んだが、タッチの差で先客がいた。銀座らしい、見るも目の毒な話であった。

(平成30年2月14日付、東京新聞朝刊より)