名古屋発のビジネス情報誌『時局』5月号にロングインタビューが掲載されました。2回に分けてご紹介します。
「現代を斬る」ロバート キャンベル インタビュー
ー古典文学に刻まれた真実で現代社会の足元を照らすー
大学共同利用機関法人・人間文化研究機構の国文学研究資料館館長にこの4月、ロバート キャンベル氏が就任。在日歴が30年以上におよび、長年日本文学研究に携わってきた同氏は、日本の古典籍は今に生かせる大きな財産だと語る。
―― 4月1日付で東京大学大学院教授から国文学研究資料館館長となられましたが、ここは45年の歴史を持つ機関ですね。
キャンベル 日本文学に関わる人々が力を合わせて作られたものです。
近代以前の写本や版本――今の言葉でいう〝紙媒体〟の資料が、日本では天災などが多いにも関わらず、北東アジアの国々、朝鮮半島や中国に比べてもたくさん残ってきました。中国ですと、王朝が変わるごとに文献が破壊されたりしていますが、日本には過去の文献というものをとても大切にし、伝承する文化があると私は感じています。しかし、そういったものが関東大震災や第二次世界大戦の戦災でたくさん失われてしまいました。設立に尽力した人は戦中に青年時代を過ごした世代で、文化財というものがいかに壊れやすく失われやすいかを、たぶん心に深く刻んだのでしょう。
そして戦後、特に高度成長期に入ると、日本の精神文化がどんどん削がれていく状況の中で、それを形としてとどめている一番のモノである文献、言葉として、表現として、何百年も前の人々が残した証言を、とにかく保存、保管し、次の世代にという切実な問題意識を抱いていたと思います。
―― 具体的な事業内容は。
キャンベル 根幹の事業としてやってきたのは、日本全国津々浦々、そしてそこから全世界に流出した近代以前の古典文学作品原本の書誌学的な調査。つまりデータ収集です。何がどこにあり、その本がモノとしてどのような特質を持ち、版本であれば、それが早い時期の刷りなのか、後の刷りなのか、いつ印刷されたのかがわかる調書を取る。そして写真機で一丁、一丁、全部撮っていき、全編の画像収集を行い、それをマイクロフィルムとして現像。2セット作って、一つを当時は品川区の戸越銀座にあった国文研に保管し、研究者や一般の方々にそれを開放することで活用。もう一つは深い山の中に保管し、劣化しないように管理してきました。そして今は電子画像として撮影し、公開しています。
―― 随分徹底した保存体制ですね。
キャンベル 冷戦時代ということもあったのでしょう。どんなことがあっても、日本の言語文化が遺産として人類に残るようにと、まさに国家百年の計として始まった事業なのです。
所有者の都合もあったり、さまざまなことが起きる可能性があるので、実物を全部東京に持ってこさせることはできません。東京でやっていることはほんの一部の事で、北海道から沖縄までを5ブロックくらいに分けて、古典文学を専攻している教員や大学院生たちの協力を得てチームを組み、国文研のスタッフが現地に赴いて現地の専門家と一緒にその作業をやっていくわけです。私も九州にいた若い時に調査員をやりました。
―― その取り組みは今も?
キャンベル そうです。これからも私が館長の間、ずっと続けられる予定です。
発信だけでなく使える情報に
―― 現在は立川市役所近くにあるこちらの施設内には、参考図書がすべて開架になっている閲覧室や展示室などがありますが、ウェブ上でのサービスも早くから実施されているようですね。
キャンベル 私たちのウェブサイトはヘビーユーザーがたくさんおられます。日本の東京、立川まで足を運ばないと、施設を使うことはできませんけれど、ウェブサイトを通じてたくさんの画像や情報、あるいは独自に作ったデータベース、ほかの方や組織が作ったデータベースへのリンクもしてあり、世界のどこからでも、いろんな形で使えるんです。
国文学でも古典籍のジャンルは近代の本に比べればかなり広く、絵本であったり、教育に関わる本、宗教に関わる本といったものも、当時の文学の大きな範疇に入るわけで、すごく広範囲な本を収集しており、国文研、あるいはここのウェブサイトに来れば、それらすべてを探検したり読むことができるようにしているんです。これはここの仕事の一丁目一番地としてやっていることです。
しかし、今の世の中では公開することは当たり前のことになりつつあると思うんです。これからは公開したものを、受け手側が十分に活用できるのかということも問われます。日本国民、そして世界中で日本文学に興味を持っている方々に、江戸時代の書物をそのまま公開しても、読めないですよね。
―― ええ、くずし文字など形として美しいとは思いますが、読めません。
キャンベル 月の裏側から降ってわいてきたような文字で素敵なものですが、橋渡しをしないといけない。そして、ここが大事なことですが、ここのようにその国全体の、近代以前のすべての書物、あるいは作品を全部収集し、活用していく機関は世界に例がないものです。イギリスやフランス、ドイツあたりにありそうですが、ただアーカイブしていくだけでなく、活用しているのはおそらく日本だけなんです。
キャンベル 私がぜひ実現に貢献したいと思っている事業の一つが「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」という大型研究プロジェクトです。いままで集まってきた膨大な書誌データ、画像データに加え、30万点の新たなタイトルについて調査をし、画像データを収集。それらを統合して日本語の歴史典籍データベースを作成しようというもので、10年計画で2年前から開始しています。拠点機関が全国各地のほか海外にもあり、各地域の資料の画像データ化を加速的にやります。
そうした国文研の仕事のことなど、SNSを使って皆さんに声が届くようにしたいですし、ただ発信するだけでなくて、声を拾える工夫もしたいといろいろ考えています。
そしてもう一つ、ウェブサイトに一応英語バージョンはあるのですが、あまり生きていないのを改善したいですね。よくあることですけど、決まったページが英語になっているだけで、あまり更新もされていません。もっとビビッドに、実際に今、国文研でやろうとしていることが伝わる形で、多言語化していくことが重要だと思っています。
(続きは、明日のブログにて)