いつかコメンテーターを辞めたら「コメンテーター哀史」みたいな文章を書こうかと数年前から考えています。今朝の「あさナビ」でもまさに「哀史」の一節にふさわしい体験をしました。兵庫県尼崎市の死体遺棄事件について報道。新聞と他局テレビ番組の内容をひと通りチェックしてからスタジオに入りましたが、この事件の人間関係が空間的にも、また親疎入り混じって複雑すぎて、頭に入らないのです。
大手新聞3紙がそれぞれ微妙に異なる角度から角田美代子被告を中心に広がる相関図を掲載しています。やっとのことで分かりのいいのを一つ選んで叩き込んだかと思いきや、テレ朝がこれまた大変よくできた図を用意してくれているのであります。パンパンになるまでカラフルで分かりやすくまとめられたプロムプタ。見ていると、目が泳ぎ出します。先まで分かっていたのに軸が少しずれているというか、被告らが入り込んで破壊したとされる何軒もの家族の位置が左右上下に入れ替わったり、接点になっているはずの内縁の夫が図から抜けていたりと、わたくしがインプットしたマップからたどりつけない。エライ迷路に見えてしまいます。
どんな事件でも複数の整理法があるわけで余裕をもってソースを見比べながら理解と見解を深めていけばいいだけの話ですが、生放送ではそう上手くいきません。信頼できるソースを経験と直感でパッとすくい取って全体図をつかんでいけるか否かで明暗(正しくリーチのあるコメントが言えるかどうか)が決まります。今回つかんでいるはずなのにこの目眩に似た感じは何なんだろう……いっそう準備もせずにウブな目で見ていればよかったのに……後悔がつのり始めたそのとき、夕べ、寝る間際にウェブで覗いた記事を思いだして、九死に一生。
サザエさんである。大ざっぱだが事件は磯野家の人間関係にも似ていて、当てはめると次々と関係性が「復元」できます。サザエがノリスケと共謀してタラちゃんの嫁(原作と違うが気にしない)のリカちゃんを支配下におき、リカちゃんの家を崩壊させ……というふうに、目をつぶると瞼の血管の上に相関図がどんどん繰りだされます。事件は捜査中で、真相が分かるのにだいぶ時間がかかりそうですが、放送中、個別に言いたいことがあるのに総体が見えないのでは話になりません。準備のあるなしとは関係なく一瞬の閃き、降りたときに視界が開け、ピンポイントで細部に迫る。コメンテーターは命拾いする(視ている方は誰も分からないことですけれど)。
「わびさびナビ」は今週が鎌倉前編。竹林の葉の音と、歩きながら感じた穏やかな海風を思いだしつつ、VTRをモニターで視聴。スタジオ戻りで当地のわらび餅を喰う。喰いながら、乱麻のような殺人事件が瞼をはなれ、どこか体の見えないところに仕舞われていく感覚を鮮明に覚えたのです。