April 1, 2018

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「私の東京物語」 【1】 (全10話)

故郷 ニューヨーク

 DSC_4157.jpg 故郷で古い仲間に会ってきたが町が変わり過ぎて記憶がよみがえらない。東京の友だちから時々そういう話を聞くことがある。私も去年の夏、生まれ故郷のニューヨーク市ブロンクス区を35年ぶりに歩いてみた。友だちとは逆に、町はほとんど変わっていなかったが、古い仲間はもう一人としていない。

 19世紀末からユダヤ系、イタリア系、アイルランド系とさまざまな移民集団ができた。アイルランド系移民に属する祖父母も地縁血縁をたよってブロンクスで家庭をつくり、人生を全うした。13歳まで僕が暮らした5階建て鉄骨タイル貼りの戦前のアパートも、昔と寸分違わず建っていた。長い階段を紙袋2個分の食料を抱えて上ってくる祖母の息づかいが瞬時に甦る。アパートの玄関にあった祖父のクロゼットの甘い匂いも、記憶から漂ってきた。

 今の住人は、その後入ってきたカリブ海や中南米の人か、戦中、南部から移住してきたアフリカ系労働者の子孫である。相変わらずお金を持っていそうな人は、誰もいない。

 アイルランド系労働者移民の浄財で建てられ、母も僕も通った小さな教会とその付属小学校は、窓枠に塗った赤いペンキまで当時と同じだったけれど、扉の張紙はスペイン語で書かれていた。道行く人も、欧州なまりとは違う英語をしゃべっている。

 初めて一人で遊んだ公園に行ってみた。遊具は変わったが、公園で遊ぶ子供たちの笑い声は僕らのころと変わらない。ここで育ち、やがて去れる人から去って行く、この町特有の影と力強さを感じた。

(平成30年2月7日付 東京新聞朝刊より)