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April 7, 2016

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文系で学ぶ君たちへ

2016年4月7日の「朝日新聞」15面、オピニオン&フォーラム 耕論で、最果タヒさん、鷲田清一さんとともに「文系で学ぶ君たちへ」向けて意見を寄せています。

私の部分だけ、ご紹介します。

 

「問い」見つけ感性鍛えて

 もし、「文系でも大丈夫だよ」と呼びかける、セラピーのような記事を期待するのなら、この先は読む必要はないでしょう。これから私が話すのは、自分の今いる学科で、与えられた環境で、一つでいいから自分ならではの「問い」を見つけてほしい、ということです。

 私の専門の文学は「虚学」です。実学ではありません。「すぐに役に立たない」と言われれば、その通り。就活でも不利かもしれない。ただ、「すぐに役に立つ」ものが20年後、30年後も、そうであり続けるでしょうか。その点、文学には賞味期限がありません。何十年、何百年と読み継がれてきた作品ほど精緻(せいち)な分析に耐えるものはないし、いまだに考えさせられるものが多いものです。

 例えば、約250年前の江戸時代に上田秋成が書いた怪異小説集「雨月物語」の中に「菊花の約(ちぎり)」という短編があります。

 旅の途中、病に倒れた武士と、看病した宿場町の若者が親しくなり、義兄弟の契りを結んだ。病が癒えた武士は、故郷に戻ることにしたが、若者が懇願して再会を約束した。ところが、武士は故郷でとらわれの身となってしまった。約束の日の夜、若者は、闇の中に武士の姿を見た。とらわれて動けない武士が、自決して霊となって約束を果たした姿だった――。

 という話です。秋成は最初と最後に「軽薄の人と交わりを結んではいけない」と書いています。作中の誰が軽薄なのでしょうか。この物語を通じて、何を訴えたかったのでしょうか。秋成は語りません。「軽薄の人」については、文学研究者の間で、戦後もいくども熱く議論されています。

 文学とは表現やコミュニケーションを研究する学問です。作者は何を、どういうふうに伝えたのか。それは読み手や社会に伝わったのか、伝わらなかったか。作者や作中の人物の思いと振る舞いを追いながら、真意や底意を読み解いていく。この知的作業は、言語、宗教、文化など様々な差異を持つ人々が暮らす、今のグローバルな社会で、最も大事なことの一つではないでしょうか。

 私は最初に、「問い」を見つけてほしいと言いました。「問い」は、高校生までだったら親や先生から与えられるものだったでしょう。でも大学で学ぶ君たちは、自分で探さねばなりません。しかも、それは4年間では解けないかもしれない。それでも「問い」の壁をこすって、こすって、少しでも「解」に近づこうとしてほしい。

 そこで鍛えた感性は卒業後、何かを始めよう、組織を変えよう、人材を開発しよう、営業にはこういうアイデアを、というときに必ず生きる。自分を支える基盤になるはずです。

 朝日新聞社に無断で転載することは禁止されています。承諾書番号「A16-0057」

   

朝日新聞デジタルでは全文をご覧いただけます。

【 耕論 文系で学ぶ君たちへ 最果タヒさん、鷲田清一さん、ロバート・キャンベルさん(2016年4月7日)】