GREETINGS
ROBERT CAMPBELL
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December 1, 2015

一区切り

いっぱいある「区切り」のなかでも生放送が終わった一瞬というのは実に美味しい。

「もう12月だから」と、スタジオに残っていたスッキリ‼︎メンバーで集まり、カシャっと。

今朝の10:30。

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December 1, 2015

昨晩遅くまで、NHK広報番組 DokiDoki!ワールドTVを銀座一丁目の森岡書店で収録していました。

昨晩遅くまで、NHK広報番組 DokiDoki!ワールドTVを銀座一丁目の森岡書店で収録していました。


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4月に始まったNHKワールドFace to Faceの内容を地上波で伝える稀有な機会でもあり、その上、ホラン千秋さんの軽快な司会ぶりでおそらく3回分はあった話をのべつに喋りまくった、という反省の塊をカバンに入れて帰って参りました次第。IMG_0008.JPGのサムネイル画像

10年間茅場町にあった森岡書店は今年から銀座へ移り、「一冊の本を売る書店」に変身。週替わりにたった一冊の本に出逢えるというストーリー性あふれる空間は、海外メディアでも大きく注目されています。

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A single room with a single book.


究極のインタフェースで格好よく、時代の波長に沿う素晴らしい感性だと思います。
店主森岡督行さんとは17年来のお付き合い。数年前、昭和初期に建てられた茅場町井上ビル3階にあった店頭でNHK ETV「Jブンガク」の初年度分を撮らせてもらったというご恩もあります。
昨日の収録は、番組も番地も違うけれど、変わらぬ重厚なモダンテーストに彩られていました。
今度の森岡書店が入った鈴木ビルは、昭和4(1929)年竣工。東京都選定歴史的建造物指定。小さな空間に、近代日本の深い切り込みが点々と遺されています。

DokiDoki!ワールドTVはNHK総合、12月13日(日)、22:40放送の予定。

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November 25, 2015

雲母創刊100年に寄せて(山梨日日新聞11月20日朝刊寄稿)

 俳句雑誌『雲母』の創刊100年を記念して、山梨県立文学館では11月23日まで企画展『俳句百景 季節を生きる喜び』が開かれていました。それに合わせて飯田蛇笏・龍太親子らの俳句について山梨日日新聞に寄稿した文章をこちらでも紹介します。

 冬の扇、といえば季節外れで使い道を失い、静かに箪笥に眠っているモノを連想する。ほこりっぽく、侘しげな「今さら」感が濃厚に漂う。
 そこへ来て、飯田蛇笏の代表句。「くろがねの秋の風鈴鳴りにけり」(昭和八年作)。釣り忘れた鉄器の風鈴は重厚な音色を奏で、あたりに残響をたなびかせている。堂々と「鳴りにけり」、というからには遠慮もいらない。夏の季語「風鈴」と「秋」がぶつかる中七(なかしち)で一句が勢いづき、存在を刻む一種の確信へと向かうようである。 バブルの頃、わたくしの近所に一軒だけ地上げ屋の甘言に耳を貸さず「空気を読まない」ことで有名になった喫茶店があった。蛇笏の「くろがねの」句を読むと、店主の一徹な表情が浮かび上がってくる。
 蛇笏は男っぽい感触で、消えそうで消えない小さな命の強(したた)かさを謳い上げた名句を他にもたくさん残している。
 「高浪にかくるる秋のつばめかな」(昭和一七年作)。海辺からの眺望だろうか、寄せる大波の上をすれすれに飛ぶ一羽の燕(つばめ)がいる。うねりに呑み込まれたか、と心配そうに見ていると波乗りのようにひょこっと現れ、また消えていく。見る人間の一瞬の印象、あるいは錯覚であり、秋の燕はただ自然のリズムに従って獲物を一心に求めているに過ぎない。「かくるる」意志は燕にはない。IMG_0005.JPGのサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像
  蛇笏が編み出した写生句には潔い意外性がある。同じ海をすれすれに飛んでいるという若山牧水の「白鳥」歌 ー「白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ」(明治四一年発表)ー と比べると、蛇笏の燕は喜怒哀楽がなく、無心であることが分かる。動物と風物に心を投影しない代わりに、人間の感覚器官に「見える」ことと「聞こえる」ことが直接伝わり、不思議な喜びやざわめき、命の実感を味わわせてくれるのが蛇笏句の醍醐味だとわたくしは思う。
 龍太も、「見える」ことと「聞こえる」ことを季節の中、そして句の中でストレートに表現することの名人であった。
  「手が見えて父が落葉の山歩く」(昭和三五年作)。「落ち葉」は冬の季語。晩年の父の姿である。郷里の里山を散策している父を、龍太は一条(すじ)の谷川の向こうから瞬時に認めたらしい。裸になったナラやクヌギの幹の間から「手」が見え、それが「父」と知れ、やがて枯れ葉が敷き詰められた山の広い画(え)が目前に繰り広げられていく。映画のズーム・アウトにも似た手法だが、それ以上に、「手」だけで父親たるものの量感を切り取ってみせるところに、季題をもつ俳句ならではの力がある。
November 24, 2015

We haz kittens!

ブリュッセルの警察長官が市民にテロ対策の模様をSNSで流さないよう要請したところ、市民は「闘う猫」の写真を大量に撮り、ツイッターに載せるという珍現象。外出もままならずストレスが溜まる一方、と思いきやダークユーモアで見えない敵に一矢を報いる市民。
"Confuse them with cat pics" にゃんとも粋なプロテスト方式!逆境にも心の余裕を。

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May 20, 2014

そろそろ、ブログも書かねば

かなりご無沙汰ですね......この頃フェースブックの公式ページにばかり書き込んでいるので、ほんとうに、お久しぶりです。よかったら、一度覗いてみてください。

とはいえ、長めの文章はやはりブログがいいな。ログインしなくても読めるし。そろそろ戻ろうかな、どうしようかな、と思っているところです。

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September 7, 2013

桂文枝さんと大阪で。鮨折りおおきに。

一昨年から Booked for Japan という対談番組のホスト役をつとめています(NHKワールド放送 http://www3.nhk.or.jp/nhkworld/english/tv/bookedforjapan/index.html)。 月一、国内(まれには海外)で一本ずつ撮っていきますが、その番組をやっていて何が面白いかと言いうと日本を代表する各界のゲストと差しでたっぷりと話が聞けることと、その人の人生にとって、どんな本が今まで一番大切であったのか、またそれはなぜか、を詳しく聞き、語り合えるという2点に尽きます。収録は全部日本語で行い、あとで字幕と副音声を加えて英語でも視聴できるようにしています。もともとBooked for Japanとは「手配済み(booked)だから、さあ、ニッポンへ行こう!」という意味と、「本(book)好きな国ニッポン」というニュアンスをかけて作ったタイトルです。ワールドなので世界に向けて放送している、言いかえれば日本国内の地上波には乗らない番組だから、海外の視聴者からは折々に、国内からはごく希にしかリアクションは来ません。インターネットで再放送もふくめライブストリーミングをしていますので、試しに覗いてみてください。

 

ゲストが決まるとまずどの本を取り上げるか、聞くわけですが、2つ返事で回答する人もいれば、うんん、ちょっと待ってね、というふうに直前まで呻吟する人もいます。とにかく決まったら真っ直ぐにその一冊をわたくしが読まなければなりませんが、初めてのタイトルが多く、これが中々ためになります。ためになるというのは、元来ほとんどがとてもいい本だけれど、内容と雰囲気がわたくしに合う合わない以前に、これから迎える一人の相手を理解するうえで何かカギのようなものを秘めているという予感を膨らませてくれます。共通するのは、その方が若かった時代、まだ坂道をよじ登ることしか知らない自分に坂の向こうの景色を味わわせてくれたり、少しだけ、背中をぐっと押してくれたりする記憶に染まっています。話しながら気づくことですが、功成り名遂げた人物ほど自分の語りが確立されています。揺らしがたく、いつもと違う、もう一つディープな視界を切りひらいてもらうのに苦心します。そこで一冊の本がテーブルの真ん中にあると助かる。遠かった相手の記憶が迫ってきてはやわらぎ、開くのと同時に、こちらの読み方に反応しながら一冊の内容に託して、自分の世界観を語ろうとします。2人の間に本を置くだけで、出来上がった「自分」から少しだけ距離を置き、自由になるようです。だいたい表情も生き生きします。

 

なるほど、と納得するチョイスもあれば、聞いて違和感を覚えるチョイスもあるでしょう。登場してくださった人から数名の「座右の書」をあげてみると、このようになります(略敬称)。 

 坂本龍一 ダニエル・クイン『イシュマエル』(2012年1月年放送)

 杉本博司 川端康成「美しい日本の私」(2012年8月放送)

 市川團十郎 佐藤勝彦『宇宙はこうして誕生した』(2012年10月放送)

 秋吉敏子 『五輪書』(2012年11月放送)

 梅原猛 ニーチェ『ツァラトゥストラかく語りき』(2013年5月放送)

 金本兼次郎 吉井勇『墨水十二夜』(2013年6月放送)

 古川聡 星新一「処刑」(2013年7月放送)

 

團十郎丈は、昨年、具合を悪くされる前の9月20日に渋谷セルリアンタワーの金田中に来てくださいました。能舞台を臨む座敷で長時間、ゆっくりと語っていただきましたが、もっとも目を耀かせたのは子供のころ、お父さまといっしょに天体望遠鏡を覗いて知った夜空の美しさ、大人として学びつづけた宇宙科学の進展、人間が本能としてもつ冒険心をめぐって考えておられる様々なお話の最中でした。歌舞伎役者にして驚くほどの知識をお持ちで、宇宙の神秘が、劇を見続ける人間の本心とつながっていることに、自分の使命を重ねて考えることができる人でした。

 

1.JPGさて今月の収録日は昨日、大阪市天神橋の相生楼で行い、お相手は、昨年から襲名公演を重ねておられる桂文枝師匠。「新婚さんいらっしゃい!」をはじめテレビ司会者として強烈なイメージを身にまとっておられる師匠なだけに、落語との接点を見落としがちですが、かなり前から作者・演者として自分流の創作落語に打ち込み、上方落語の第一人者にまで登りつめておられます。ふだんテレビでは見られない繊細にして骨太の新境地を開きまくっておられますが、とくに昨年12月にパリで行った襲名披露公演は好評でした。パリでは創作落語2.JPG「ワニ」を披露。人を噛んだために処分が決まったワニを助けようと動物園の飼育員が奮闘する噺。ちなみにいくつも聞きましたが、師匠の落語のなかでマイ・ベスト・ツーは「猫すねちゃった」と「仲直り」。

 

パリの話もさることながら、昨日よかったのは師匠の愛読書、山本有三作『路傍の石』(1941年単行本刊行)。厳しい環境に育ちながら擦れたところを見せずとにかく人から笑われないような大人になりたいと願う主人公、少年の吾一は、文枝さんの幼い記憶の残映と瓜二つに思えました。寂しいところと鼻っぱしの強さ、お母さんへの思い、スローで低めの声で淡々と語る師匠の話の中に、ぐいぐいと引きつけられていきました。

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相当長い収録で、少しお疲れになったのかもしれません。マネージャーさんは途中、天満宮の近くにあっておそらくよく使っていらっしゃる鮨屋さんに走って、鮨折りを一つ買ってきたらしい。休憩の間に、「帰りの新幹線でね」といって、そっとそれをわたくしに渡してくれます。東京に100年暮らせど、あり得ない光景である。ありがたく頂戴して、18:10発ののぞみ号に間に合うよう新大阪に向かう。車中で食べた穴子と押鮨は、最高。

 

桂文枝さんご出演のBook for Japanは、9月27日から順次世界放送。

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September 5, 2013

小便に行くぞそこのけきりぎりす

ガメラでもあるまいし跨がれば済む話ではあるけれど、「そこのけ」とキリギリスに挑んだ人の気持ちはよく分かります。部屋の中で見つける虫ってなんとなく威張っている。どうすれば無事に通過できるか、とっさに判断をつかせないような厄介で剣呑な雰囲気をかもし出したりします。

 

キリギリスは秋の季語。9月1日松山市を訪れた際に初めて耳にしたこの発句は、作者は栗田樗堂といい、江戸時代の松山で暮らした人物です(1749-1814)。知らない人は多いと思いますが、当時は全国区の著名な俳人であり、正岡子規や河東碧梧桐、高浜虚子などが生まれるはるか前の松山城下で文学に一生をかけ、俳諧を広めた立役者です。

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松山松前町の酒造業豊前屋後藤家の三男として生まれた樗堂は、17歳で同業の廉屋栗田家に婿入りして、以後家業をもり立てながら、町方大年寄という町人行政のかなめを長くつとめ、かたわらこつこつ、一番好きな俳諧を作り(暁台門)、俳諧という文芸を通じて多くの人々と交遊していきました。深い自己観察に裏打ちされた軽快なウィット。これが句を流れ、読者を引きつけるようにわたくしには思えます。

 

 花盛ちるより外はなかりけり

 さむしろや飯くふ上の天の川

 秋かぜや鏡の翁我を見る

 

明治の子規が樗堂を「伊予第一の俳人」と賛辞を向けたのも頷ける以上に、子規らがこの地に現れる必然性のようなものを樗堂の句の中から感覚的につかむことができます。

 

tea2.JPG今年が樗堂の200年忌ということで、松山市立子規記念博物館では「樗堂と一茶、そして子規へ」という精力的な企画展を開催(8月31日~9月29日)。それに合わせて1日には樗堂の人生と句作りをめぐる記念講演と鼎談を開きたいというので、わたくしが招かれ、松山へ参った次第です(講演題目は「江戸文人の『住まい』感覚」)。イベントの共催者は地元で長年俳諧を研究し教えてこられた松井しのぶさん率いる庚申庵倶楽部というNPO法人でした。庚申庵というのは、樗堂が1800年、つまり213年前に市中に建てた小さな建物と庭園の名前で、今もって健在です。NPO庚申庵倶楽部は10年前に前所有者の方からこの庵を引き継ぎ、原材料を用いながら、できるだけ忠実に元の形に復元しています。素晴らしい出来映え。松山にお立ち寄りの方には必見(入園無料、10:00-16:00、水曜休園、)。

 

樗堂は、仕事から離れた空間で煎茶を入れ、俳諧に遊びたかったわけで、究極の男の隠れ家として仕立てています。現在は一般公開のほか折々に歴史講座もあり、9月29日には「正式俳諧興行」という、江戸時代さながらの連句会席を再現してみせるという異色tea3.JPGのイベントを企画中(問い合わせは庚申庵史跡庭園、089-915-2204)。

 

当日は台風の接近で朝から雨模様。飛行機が飛ぶかどうか、いささか不安。しかし無事に着いて、お昼をはさんで講演と鼎談を行い、終わると松井さんと鼎談の司会をつとめた日本女子大学教授・福田安典さんに連れられて庚申庵に向かいました。到着するとボランティアの方々が煎茶の用意をしてくださっています。煎茶は甘く、疲れた体をめぐり、即座に落ち着かせます。暮れようとする池には泥鰌が悠然と泳ぎ、樹齢200年という立派な藤の木が風にそよぎ、もう、ここに2,3泊とめてよという危険な衝動をぐっとおさえ込んで、空港に出かけました。庭を眺めながら煎茶を飲むという至福のtea1.JPG風情は、当サイトにあるインターネット・ラジオ「コトノホカ」でお聴きいただけます。所要時間わずか10分。松山に行ったつもりで、いちどぜひお聴きください。

 

 我しなば庵を譲らんきりぎりす

August 30, 2013

「短篇地獄」 燃える山々(下)

『中央公論』に連載中の「短篇地獄」から前回の続き(2013年8月号)。

初期清張の「火の記憶」(昭和28年、『松本清張傑作短篇コレクション』〔文春文庫〕下)、あまりポピュラーな短篇ではないですがぐいぐいと読ませます。

なぜ今清張か、ということを先に述べると今年の3月、北九州市主催「鷗外サミットin北九州」というイベントに呼ばれ、鷗外がご専門の山崎一穎さんと作家の平野啓一郎さんといっしょに鷗外についてあれこれ意見や課題などを語り交わしました。大変刺激的で得るものが多かったですが、準備の段階で(現)北九州市が出身の清張が若いときに書いた「或る『小倉日記』伝」を読み返してみました。結局講演で触れることはなかったのになぜか東京に帰ってみると鷗外ではなく、清張のことばかりが気にかかり、締め切りの太い束をよそに初期作品を全部読むという挙に出ました。

なかでも「菊枕」と「火の記憶」は快作で甲乙つけたい。しかし玄侑さんの「光の山」を読んだばかりでしたし、1ヶ月も経たないうちに長崎の軍艦島に渡るという偶然が働き(参照、8月16日ポスト)、日本の近代、エネルギー政策の行き詰まりが「燃える山」という神秘的で不気味なイメージのまわりに結集していったように感じた次第です。

アメリカ文学でいうと、Dean Koontzの'Strange Highways'という中篇小説がいい(Strange Highway, Vision, 1997)。ペンシルベニア州にある、古くなった炭坑の上に広がる小さな街。張り巡らされた無数の地下トンネルで自然発火が起こり、その火事で住人たちは10数年間も悩み続け、ついにある日、いたたまれない事故が起きてしまうという内容です。埋蔵エネルギー源のずさんな後始末、人々の希望と喪失感、街の崩壊。日本文学の「燃える山々」ともつながりそうな話です。



 燃えさかる山を短篇小説のラストに描き遠くから眺めさせる、なんてさすがに火山列島日本ならではの感性である。先月紹介した玄侑宗久『光の山』(新潮社)の最後に「光の山」という一篇があって、三〇年先の福島県で、爺さんが除染で出た樹木や廃棄物などを積み上げて作った山が煌々と燃える暗黒の世界がある。クライマックスまで一気に読めて、底抜けに明るく、やがて悲しい。
 まったく偶然だろうけれど、松本清張の初期短編でも山が燃えている。芥川賞受賞作「或る『小倉日記』伝」より半年前に「記憶」という題で発表され、また書き直され、翌一九五三年に「火の記憶」として再発表された。
 ボタという、放射性物質と同じエネルギー源である石炭から出る廃棄物が積もり積もって、山を作り、そのボタ山が自然発火すると、夜空に浮かんで美しく燃えるのだ。
 主人公高村泰雄は、三、四歳のかすかな記憶をたよりに、それまでずっと抱えていた己の出自をめぐる謎に挑む。幼い記憶は、「硝子の細かな破片のようにちょいちょい連絡もなく淡く残っている」、ちょうど砕け散った石炭の断片のように暗く硬質な光を放つ。
 泰雄が妻頼子と出会う少し前に母の十七回忌法要を行おうとして、遺品の中から見覚えのない男の死亡通知を発見する。母が古い写真と一緒に取ってあった一枚だ。物心がつかないうちに父は失踪して家に居らず、母の周りに男の影だけがちらついていた。泰雄を苛み続けてきたこの影は、やがて彼を旅へと出立させる。
 泰雄は筑豊地方まで行って、男の最期を突き止める。夜、帰りの車窓からぼんやり外を見ていると、山の稜線に沿うように真っ赤な焰が点々と燃えている。一瞬にして記憶の焰と、この実景とが一致し、むかし、母が自分を連れて逢瀬を重ねていた場所がここだと合点する。
 父も母も、浮かばれないお話だと思いきや、結末には衝撃的な展開が待っている。ハッピーエンド、とまではいかないが、涼しい風が吹いてくる。

August 28, 2013

「短篇地獄」 燃える山々(上)

今年の1月から月刊誌『中央公論』で短い連載を書いています。短いから短篇、というわけではなく前から日本の短篇小説を広めの角度から見直してみたいという願望があって、渡りに船。船で渡ってどこに行くかと問われれば、誰も「地獄」と答える人はいないと同じように、わたくしもそこそこ温暖な港を目指して港を出ようと思っていました。しかしあれこれ短篇を読んでいると、いいものほどトーンが熱く、焔が高い。どうせ「恋慕、怨恨、、憤怒、嫉妬の情で心のいらだつのを火の燃え立つ」ようなイメージ(『広辞苑』「ほのお」の項)の世界に連れていかれるのなら、いっそのことひっくるめて「短篇地獄」にしようぜ、そう思いつき、始めた次第です。

よもや会議を通るまいと踏んでいました。しかし数日後、編集者Yさんから電話があって、あっさり「地獄で行こう」ということに。

さて以来、延々地獄の淵を覗き、よい作品を引き上げながら短篇の読みどころばかりを考えています。できるだけ紹介に終わらないように、何か短篇、いや地獄の地平線から生きる上でのヒントみたいなものが出てくると最高です。地獄で説法は要らない、という思いもあるから、あまり邪魔にならない程度にする所存。

ところで本物の地獄巡りを書いた「地獄小説」も沢山ある。ここではむしろ当事者が気づかず、また言い表せないような周囲の小さな地獄に目を凝らし、語ってみようと考えています。そこで皆さま!お好きな「地獄短篇」はありませんか?あればぜひとも当サイトのCONTACTページに移って、耳打ちしてください。合い言葉は「〇〇〇耳」。どんどん寄せてもらえると嬉しいです。

今後随時、「短篇地獄」を「つぶて文字」に再録します。最新回は店頭でお手に取り(できれば買い)、ここではバックナンバーを気軽にめくる気分でご覧下さい。せっかくなので、最初は実際の焔が現れ、クライマックスを飾る2作を重ねることにしました。(上)として、

玄侑宗久の『光の山』(新潮社2013)。

巻末の「光の山」は福島の原発事故から30年、一人の老人が除染作業で出た放射性廃棄物を積み上げ、煌々と光る山を完成させています。シュールな寓話とは対照的な「蟋蟀」では、間近なできごととして東日本震災とその前後を克明に思い起こし、書いています。



 「どうして、くるくる和尚さん、なんですか?」。亜弥は道彦に、住職だった彼の父親を療養施設に見舞った後、車の中でこう切り出したみた。年老いた和尚さんの不思議なあだ名。毎日何度か、立ったまま頭上の虫を追うように両手を差し上げ、ぐるっと廻るのである。奇異な儀式が、二人は驚かせた。
 「蟋蟀(こおろぎ)」は、年長者・道彦が亜弥の問いに答えるために、淡々と述べられている。あの大震災の日に何があったのか。父親は何を目にして、どう感じて心を痛めてしまったのか。道彦の視点に寄り添って語られる災害と、からくも生き残った彼らの現在を行き来している。
 片方が静かに相手に語りかけ、相手がそれを誠実に聞くことで、記憶にしまった互いの核心が一気に浮上してくる。語ことで記憶をひらき、人を受け入れる本来の力を取り戻す人の物語、といってもいいように思う。
 語り合う場所は静寂な寺の仮本堂。対照的に内容は激しく、この世の地獄と見まごうばかりの風景が目の前を駆け抜けていく。読者はいつしか「聞かされる」側の気持ちにすっと入るから、不思議な一体感に包まれる。
 よく知られるように著者は被災地にある、自ら育ったお寺で震災を経験しているので、おそらく私たちが感じるものは安易な被災者「気分」ではない。虚構によって練り直され、純化した「現実」そのものに違いない。数回読むと、その感触は強くなる一方だ。
 津波が襲ってから半年が経過している。お盆がすぎ、萩の花が満開で蟋蟀も鳴く秋の入口に、他人同士である二人はみなしごになったみぃちゃんという五歳の女の子の面倒を見ながら、仮設住宅に移った人々のために炊きだしをしたり、施餓鬼の法会を開き、寺に祀られた戒名のない一〇〇以上の骨壺を守る日々を過ごしている。
 亜弥自身、身内を奪われただけに道彦の長く悲しい話を実によく聞き、最後の方で、和尚さんがなぜ「くるくる」するかを、亜弥が答えている。命をかけた、美しい問答である。

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August 25, 2013

へり下るコツ、教えます

先日『週刊朝日』の編集者からメールが来て、内館牧子さんの新著『カネを積まれても使いたくない日本語』(朝日新書)を読んでほしいとのこと。内館さんとは主治医がいっしょというご縁もあって、ときどき3人で食事に出かけ、ひたすら美味しいワインを飲みながら、話し込みます。

 

話の内容はさまざま。それより内館さんの話し方が逸品です。「四方山話」の字面がぴったりで、さわやかというよりもあの山からこれ、そこの谷間からそれ、固い木の実も苦い山菜も甘い果実も、とにかく360度から次々と面白いエピソードを運んできて、止まるところを知りません。すべて、洗練された話術で。その内館さんの「使いたくない日本語」が何か、聞かずにはいられようものか。さっそく完読しました。

 

武器は積んでいます。放送作家として培った日本語への絶対音感に加え、①テレビを視ながら、かなり詳細な速記ノートを取る習慣を身につけておられるらしいこと、②2012年8月に、朝日新聞社の会員サービス「アスパラクラブ」で特別に「日本語に関するアンケート」を取ってもらえたこと、などが挙げられます。内館さんは、「変な日本語」の実態と、人々の認識をふたつながらバッチリ定点観測できる立場を確立しているから、強いわけです。

 

本書のミソは第二章「過剰なへり下り」と第三章「断定回避の言葉」。波風も立てず「安心して」コミュニケーションが取れると思うから頼ってしまう「へり下り」も、やみくもにぼかした言い方の力でその場をしのぐ「断定回避」も、陸続きではあるが、それぞれに「なるほど」といわせる共通項を著者は見出しています。あるある、だけで終わりません。ダメ日本語の棚卸しを通して日本人の、日本社会のかなり深い部分に根を生やしているエゴイスティックな同調志向と、他者依存の見取り図を目の前に見るようです。

 

ところで読む、で終わる話ではなくこの一冊に提示されるような使いたくない日本語について、一文を書けと編集者は言う。そこで先週発売の『週刊朝日』に「特別寄稿 日本語の力をそぐ『美しくない』言葉たち」という文章を寄せましたので、抜粋して下に再録します。嬉しいことに、拙稿に対する内館さんご本人のリスポンスも載っていますので、関心ある方はぜひ雑誌で読んでみてください。

 

「 英語でうまくへりくだるのにコツが要る。自虐ギャグはもちろんたくさんある。たとえば先日、英国のウィリアム王子とキャサリン王妃が初めてロヤルベビーを抱きしめ、病院玄関で待つカメラの前に現れた。赤ちゃんの感想を聞かれて、王子が"He's got her looks, thankfully"(「幸いルックスは彼女似だ」)と言うと、妃は笑顔で"No, no, I'm not sure about that."(いえいえ、そんなこときっとないと思うわ」)とすかさず謙遜。その先の王子の一句がさえている。"He's got way more hair than me, thank God!"(ぼくより髪の毛がふさすさなんだ。神様ありがとう)。ナイスへり下り。画面に映るべビーのお頭は、もちろん、ツルツルである。

 ウィッティなやりとりを、もし王子が「今後、心をこめてこの子を育てさせていただきます」と締めくくったらどうか。かなり殺風景。というより、「させていただきます」などは英語にはないので、想像がつかない。実際、王子が車に乗り込む直前に投げた言葉は、"Hopefully, the hospital and you guys can all go back to normal now, and we can go and look after him."(これで病院も諸君も普段通りにもどって、私たちも彼の面倒を見られるようになればいいね)とさりげなく、真っ直ぐで、格好いい。(中略)

 要は「へり下り」をやめるタイミングを知ることと、自分が過剰に卑下していないかを感知する能力(と若干の勇気)を身にたくわえることが大切なのだ。政治家の二言目に出てくる「国民の皆様」も、敬語インフレの最たるもので、日本語が持つせっかくの力をそいでいる。(中略)

 「早速、ゲストをお呼びしてみたいと思います」。

女子アナの片言隻句をチェックする内館さんは、こうした何げない表現を見過ごさない。なるほど。日常的に使われているから聞き流してしまうが、そのゲストはどう考えてもメイクを終え、すぐそこに立っているはずである。「呼んでみたいが来てくれなかった」なんてことはあるか。言い切ってしまうことがぶっきらぼうに聞こえるから婉曲に、という気持ちでおそらく「みたい」とか「思います」をジャラジャラ最後にぶら下げているだけである。「では早速、ゲストをお呼びしましょう」でいいはずなのに。」 

 

ところで「特別寄稿」とは別に、編集者の提案でキャンベル版「カネを積まれても使いたくない日本語」トップ5を挙げてみましたので、合わせてご覧にいれます(順不同)。みなさま、共感湧きますか?

 

●「イケメン」 真顔では、本当に格好いい人に対して使えない。おちょくっている気がしてならない。

●「お召し上がりですか」 ファストフード店のレジで問われているのは店内で食べるか持ち帰りかだが、いつも、食べないでどうするの?と思う。

●「ぐぁーん」 擬態語大好きな僕でも、大ざっぱすぎて頭がぐぁーんとなる。

●「バラす」「はける」「笑う」 芸能界用語で「退く」の意。スタジオの外で聞くとゲンナリ。やはり下品だね。

●「あ、そうなんですね」 転んで血を出していても、最初から分かっていたわよと言わんばかりの、冷たい相づち。

 

 

写真は、今日の昼過ぎ、五反田駅東口前で迷い込んだひまわり畑の風景。

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