April 27, 2017

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『時局』5月号インタビュー(その2)

名古屋発の月刊ビジネス情報誌『時局』5月号にロングインタビューが掲載されました。昨日に引き続き、後半部分をご紹介します。

  

「現代を斬る」ー古典文学に刻まれた真実で現代社会の足元を照らすー

 

虚構の中にある真実を見る

  ―― 国際的なネッワークの構築も進んでいきそうです。

時局写真(その2).jpg キャンベル はい。国際共同研究というものは非常に重要ですから、既に前館長の下で、韓国、中国といった近隣諸国の研究者たちにはたくさん来ていただいていますが、さらに欧米、アフリカ、南米といったいろんな地域の人たちと一緒に、日本文学に限らないクロス研究、超域的、学際的な研究を実現していきたいと思っています。

 あるいは市民講座を含めていろいろな機会を設けて、世界の研学者、世界の文学愛好者と日本の人々をクロスさせながら、いろんな化学反応を起こしていく。私は、材料はもう集まっていると思うんです。あとはどのような問いかけをするかによって、日本文学から、いまや世界中で認められている和食であったり、素晴らしい工業デザインであったり、おもてなしであったりという、いろんな日本文化の根っこにあるものが何かということを感じ取ってもらう。あるいは考えさせる材料が、立川の国文研にあるんです。

 そして、それを扱っているエキスパートの教員と事務方もたくさんそろっているので、アーカイブとしてはもちろん、多様な人たちが集まり、他流試合ができるような場所に一層していきたいですね。

 ―― 具体的にはどのような分野とのクロス研究が可能なのでしょう。

 キャンベル 例えば、江戸時代の料理本研究会があります。レシピ集がたくさんあるんです。レシピと言うとクッキングに関わることですから一般の方もすごく興味を示すと思うんですね。でももう一つ、クッキングというのは命そのものです。特に江戸時代以前は周期的に飢饉がおとずれていましたから、食が安定的にいつでもありつけるときと、供給されないときとでは、食材、保存法、調理法などがどう変わっていったか、人々がどう生き抜いていったかが、実は料理本であったり食の文献の周辺にたくさんの非常に重要な証言があるんですよ。

 現在も日本は、食の自給率が低いと言われていて、国家安全の中で食は重要視されるわけでしょう?

 ―― 確かに、今の時代にそんなことは…と能天気に構えていてはまずいですね。

 キャンベル 震災や水害などの災害が起こった後に、社会が、人々が、村であったり、町であったり、藩であったり、その地域をどのように再生させていったかというプロセスや事例も文学作品の中からたくさんくみ取ることができます。あるいは復興に一応のめどが立つと、人間はそれを忘れようとする生き物です。その時の人々の姿はどうであったかを知ることは、いろんな角度から社会をとらえ直し、私たちの足場を見直すきっかけになり、非常に重要なことです。

 もちろん歴史書にも書かれていますが、ハードの部分はさておき、事が起きた後に、あるいは起きている最中に、人々はどのようにそれに対して適応したのか、社会の蘇生力や、その災害が社会や文化の特徴にどうつながっているかについては、文学作品といわれているものの中にこそ刻まれていると思うんです。文学というのはだいたい虚構ではあるけれど、何もないところから生まれものではありません。あたかもそれが現実であるかのようなリアリティーをもった作り物であるからには、記録からはすくい取れない「真実」がその中にあると思うんです。そしてそれが逆に文学の定義だと言っていいと私は思います。

 

共通の土俵となる古典文学

 

時局写真(その3).jpg ―― 近代の作品ではなく、古典であることにも意味はありますか。

 キャンベル ええ、200年前、300年前、まして1000年前の文学作品というのは生々しくないわけですよ。もう過去のことで、書いた人も関わった人もおらず、今の誰の利権にも関わっていないので、〝共同の土俵〟になりうるのです。誰もが自分の理非や損得を考えずに、一つの土俵に降り立ち、その中で語り合えるものが、文学、とくに古典の文学なんです。

 そういった〝土俵〟の一つとして、この国文研自体をみていただけるんじゃないかなと思っているというか、つくってみたいなと思いますね。

 ―― 古典文学を俎上に載せて、さまざまな分野の人が何にも捉われず、自由に好き勝手な発言をし合えると。

 キャンベル そう、好き勝手。それって大事ですよ。なぜ私が確信をもって言えるのか。私は長くラジオやテレビ、あるいは活字媒体で、文学研究とはかけ離れた方々と対談をしてきています。そして本の話をするのですが、バレリーナ、和紙職人、政治家、スポーツ選手など、いろんな分野で活躍している人が、文学に対して持ち込むいろんな感覚、知恵などが、ものすごく面白い。彼らはわれわれのようにワンポイントで研究している者が気付かないような側面であったり、光や影の当たりといったものを、作品の中に次々と見出していくんです。

 例えば建築家は、その作品の中で空間がどう描かれ、空間としてどうなっているかといったことにとてもこだわるんです。突然空間が見えなくなっているとか、どうしてここはそんなにシャープに空間を描かざるを得なかったのかとか――という読み方をするわけです。

 そしてそうすることで、その時代の人々が、空間や建造物に対して期待しているもの、持っている心と、現在の私たちが描いている、使っている空間に対する見方というものの違いを、彼らは発見します。それは彼らにとってもプラスになるようで、「面白かった」と言われることが、私の個人的な経験でたくさんあるんです。

 ―― まさに化学反応ですね。

 キャンベル 日本文学研究者たちはもっと積極的に社会に手を差し伸べて、日本文学がカルチャーとして、人々に元気や勇気を与える、あるいは逃げ込む場所、ちょっと雨宿りができる場所を与えるというようなことを見せるべきだと感じます。

 

継承されてきた意味を問う

 

 ―― 文学研究そのものの未来についてはどう感じられますか。

 キャンベル 私は東京オリンピック・パラリンピックに向けたいくつかの委員会に関わっているのですが、日本のカルチャーの棚卸しをして、それをどう発信していくかという取り組みが今、至る所でなされています。しかしその中にアニメやマンガはあっても、言葉で書かれた日本文化である「文学」が入っていないことにすごく危機意識を持っています。

 全体的に活字離れが言われていますし、またそれとは別に、わかりやすさがとても重要視されている時代になっています。少しでもわかりにくい、映像のようにすっと文字が頭に入ってこないものに、人々が背を向けるという傾向があると思うんです。

 ―― しかも、文語体の文章やくずし文字は、現代の一般的日本人には難解です。

 キャンベル そうですね。日本語は英語やフランス語、ドイツ語と違って、短い間に言葉ががらりと変わったという歴史的な事実があります。明治時代に、しゃべっている言葉と書き言葉との言文一致が起きて、それ以降、その前に通じていた書き言葉は、一般の人からどんどん遠くなってしまいました。日本人自らが溝を作ってしまったんです。

 私などはその溝があるからこそ面白いといいますか、ほんの200年前の人々の心や日常を表すのに、今と違う言葉を使っていて、それが現代の日本語にもつながっているということに、とても魅力を感じるのですけど、国文学を専門としていない一般の人は、「読めないよ!」と、一瞬の判断で目をそらしてしまうわけです。でも、そこには恋愛の問題であったり、未来に対する不安であったり、希望であったり、切実なこととして語り合われていて、そこに耳を傾けると、自分の住んでいる場所につながっていたり、いろんな〝水脈〟がつながっている。そこを全部遮断するというのは、あまりにももったいない。

fullsizeoutput_1427.jpeg 大量に蓄積している重要な文化資本を、現代の日本語話者――それは、日本人とは限らないですね、私も日本語話者の一人ですから、広く日本語話者にもっとわかるようにしつつ、その中に、まだ十分にくみ取られていない知恵であったり、場合によってはわれわれに対する過去からの忠告であったり、そういったものを、それぞれの専門、それぞれ立場から発見していかなければならないと思うんですね。それをどう促していくかが、私の課題の一つです。

 200年前、300年前、さらには日本の場合1000年前の、人々の軌跡、足跡である書物が、その時点で書かれたものということだけでなく、捨てられずに継承されてきたことの意味を考え、それらを一つ一つ見ていくと、私たちがいま直面していることの選択や判断と、かなり密接につながりうるところがあると思うんですね。

 社会的条件が大きく変わっていることをある程度知ったうえで、日本という同じ空間、共通する自然、風土の中にいた人たちが経験したこと、その経験に基づいて言い伝えられてきたこと、言おうとしていたことに耳を傾けることは、現在、そして未来を見据える一つの重要な方法、材料になるはずです。そして、そのためにできるいろいろなことを、スタッフと一緒に考えて、着実にやっていきたいと思っています。

 ―― ありがとうございました。