2017年3月アーカイブ

 宇佐神宮の森をいっしょに歩き、考える旅に出ませんか。


d7448c3393296da4608d16b84891d239.jpgのサムネイル画像 災害からいのちを守る森づくりを目指す公益財団法人「鎮守の森のプロジェクト」が開く「鎮守の森の教室」。
 昨年6月の明治神宮「森の教室」では、近代都市の森林を隅々まで歩き、「すぐ側の大自然」を満喫しました。

 今回は、古代から綿々と受け継がれる八幡社総本宮の森に分け入り、散策しながら植物エキスパートの話を聞くことができます。
フィールドワークに先だち、東日本大震災の際に宮城県岩沼市で陣頭指揮を執られた井口経明前市長の講話などがあります。

4月8日(土)9:30〜、大分県宇佐市の宇佐神宮参集殿でスタート。申込方法は、こちらをクリックしてください。
私も参加します。鎮守の森で待っています!

fullsizeoutput_137c.jpegのサムネイル画像 最新のイギリス科学雑誌「ネイチャー」別冊で、日本の科学研究の失速を取り上げ、先行きに強い警鐘を鳴らしています。具体的で、説得力に富んだ特集です。

 ドイツや中国、韓国などが研究開発への支出を増やすなか、日本は10数年間大学が人件費に充てる交付金を減らし、その結果短期雇用の研究者が大幅に増え、若い研究者が科学技術研究に背を向けている現状を原因として挙げています。

 私の観点からしてもその通りで、日本の大学は、人生設計が描けない任期付き、プロジェクトベースの特任研究員ばかりを増やしたことで、言葉は悪いが、知的エリートの下層階級を自らの中に作ってきた責任が大きい。文系でも、浮かばれない場所を優秀な若者は選びません。
「日本の科学研究は転換点にあり、次の10年で成果を出さなければ科学研究でトップの国という地位を失いかねない」。

  

NHK NEWS WEB 「英科学雑誌 日本の科学研究の失速を指摘」
http://www3.nhk.or.jp/ne.../html/20170323/k10010921091000.html

     

村上春樹「騎士団長殺し」の書評第3弾を3月17日付けの北國新聞夕刊に寄稿しましたので、ご紹介します。

   

 降り立ての雪のごとく美しい、手入れも行き届いた総白髪の男。ネタバレにならない程度に書くとこうなるだろうか。村上春樹の新作長編小説『騎士団長殺し』に登場する主要人物のひとりで、謎の富豪、主人公「私」が住む山上の谷向かいに一人暮らしする免色渉(めんしきわたる)の風貌である。
 隣人でもあり、肖像画家を生業(なりわい)とする「私」に肖像画を依頼する免色だが、その絵がどんな具合に出来上がってくるかに強い関心を持っている。それも、写真のようにそっくり似ている絵画を期待するのではなく、描き手の「私」に自由に描いてほしい、と懇願している。
 
_DSC7725_124_ATARI.jpgのサムネイル画像 この小説では、人の姿を描くとはどういうことなのか、を何度も問いかけている。絵画小説、あるいは一種の芸術論を内側に秘めた物語であると言ってもいい。「私」は夏目漱石の『草枕』の主人公みたいに、リアリティを描くことに戸惑いを感じている。
 絵筆のモデルとなった免色は、描かれながら「自分の中身を少しずつ削り取られている」気分になる。その分は取られたのではなく、別の場所ーすなわち作品ーに移植されるのだと「私」が言葉を返す。
 段々と心を許す相手に、免色は過去を語り出す。離れてしまった大切な血縁者がいる。顔が自分に「似ているといえばすべてが似ているように思えてきますし、似ていないといえばまったく似ていない」ように覚えている、と。
 はたして出来上がった肖像画は、本人の姿とはほど遠いもので、普通の依頼者なら怒るところを、免色は大喜び。厄介なものを含めて、自分の真実が絵の奥にうっすらと潜んでいるからである。
 
 私は村上の小説に描かれた免色渉という男の肖像から、実在するもう一枚の日本人のポートレートを思い出す。師の50歳を記念して渡辺崋山が1821年に描いた、佐藤一斎像(重要文化財)。洋画の技法を駆使した凛々しくリアルな画面を前に、儒者・一斎は村上と同じように「似ている」ことについて思いを廻らしている。そして画面の上に次の自賛を書き付けている(元漢文、現代語訳は筆者)。
「少しでも私に似ているところがあれば、それは私だと言っても構わない。逆に似ているところがなければそれは私ではない、と言うことも可能だ。しかし似るとか似ないとかいうのは、所詮(しょせん)風貌のことを言うのだ。似る似ないの先にあるものは、『神』である。」
 一斎が言う「神」とは、あらゆるものに流れ、形づくる存在の原理のようなもので、そのものが「本物」、つまりrealであることを保証している。一斎の言葉が続く。
 「『神』というのは、生じもせず滅びもせず、古今もないもので、広がると山川となり、固まると天体となって、集まれば疾風迅雷となり、散るときは煙雲ともなり、宇宙に充ち広がっている。存在しないところはない。それは要するに、似ないものであっても、すべて私であるのだ。ましてや似ているものは、私の『真』ではないと誰が言えようか」。
 人の姿を描きながら現実と非現実を往き来する村上の主人公も、「真実」を探究するヒーローであった。
  
(ブログの写真は、菊池陽一郎さん撮影)

 上野の杜にある国立美術・博物館の夜間開館をきっかけに、文化庁他主催で「フライデー・ナイト・ミュージアム@上野」なる愉しい企画をやっています。

  

    
17362922_1456869714337378_9187860768264302883_n.jpg 昨夜は国立西洋美術館でその一つとして、50分ほどのトーク・セッションを行ってきました。

 林暁甫さん(NPO inVisible)によるナビゲーションを便りに、研究員・袴田紘代さんとともに展覧会体験のデザインについて語り合う内容でした。

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 美術展示が持つ様々なストーリーを形にし、来訪者と一緒に拡張するメソッドをめぐって、国内外の事例を参考にしながらかなり具体的な話ができてよかったように思います。しかしやはり50分は‥‥短い。

  

 

 僕らが大好きな国立西洋美術館が世界遺産になったことを転機に、ふだん美術館に足を運ぶ機会がない方々もアートの空間を満喫できるのにどういうすればいいのか、何が足りないのか、について考え続けていきたいと思っています。
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IMG_1024.jpg4月7日公開、映画『LION/ライオン』主人公のモデルであり、原作者でもあるサルー・ブライアリーさんと都内のホテルで対談しました(「週刊朝日」に掲載予定)。

  

凄まじい実話です。5歳で間違って乗り込んだ列車で数百キロ離れたコルカタに運ばれ、ストリートチャイルドになり、孤児院からやっとオーストラリアに住む養親のもとへと流れる少年サルーは、大人になってから奪われた記憶を取り戻すべく行動に出ます。

  

僕も物心つく前に親と離れ、大人になって初めて探し、再会するという経験を持っています。サルーさんの体験は人ごととは思えず、映画も原作も、ご本人との会話も、深く心に響きました。

 

gaga.ne.jp/lion/

   

   

   

2弾目となる『騎士団長殺し』の書評です。

   

 7年ぶりの本格長編とあって、村上春樹の小説『騎士団長殺し』は発売時からメディアの話題をさらい、すでに130万部を発行して、先週から各紙の読書欄を賑わせている(筆者も3月8日付『朝日新聞』朝刊に書評を寄せた)。上下巻計1千ページ以上もある分厚い作品なだけに、読むのに相当な覚悟は要るけれど、東京のハルキストたちは先週末あたりから街の喫茶店で新作に首ったけであった。
 私は仕事の合間に、書斎で丸3日間かけてやっと読み終えた。おそらくこの文章が読まれている間にも、アメリカや中国、韓国などで多くの翻訳者たちが手分けをして、この不思議な物語を理解し、自分たちの言語に置き換える作業に着手していることだろう。


 読むのにかかるこちらの時間も長いけれど、物語の中に展開する時間はもっと長い。以下、あらすじを多少詳しく説明する(未読の方はご注意を)。

 主人公「私」の職業は肖像画家である。36歳の春、6年東京で共に暮らしてきた妻から離婚を切り出され、あてもなく車を走らせる。落ち着いた先は、友人の父親で、著名な日本画家が持つ小田原市郊外の山中にあるアトリエ兼自宅。留守番みたいな格好で住まわせてもらう。ここで9カ月間、静寂過ぎるほどの自然の懐に抱かれた暮らしが始まる。
IMG_1013.JPGのサムネイル画像 単調な画家の日々に不気味な風が吹くのは夏から初秋のころ。たとえば、夜中の決まった時間に敷地内の古い祠の近くから、鈴の音が微かに聞こえてくる。以前に出会い、肖像画の制作を依頼してくる白髪の男と音源を探るが、そこには地下に掘られた空っぽの石室があるばかり。
 そして「私」は、屋根裏で「騎士団長殺し」と題された一枚の日本画を見つける。それは飛鳥時代の衣服を着込んだ男女の絵で、「息を呑むばかりに暴力的な絵だった」。
 その間、時代は日中戦争、ナチスドイツによる併合前後のオーストリア・ウイーン、「私」が15歳のときに喪った妹との平穏な日々と、自在に往き来する。「私」は、そのような混乱の中でも何枚もの絵を描き続ける。そして人間の姿を絵に描くことの意味を、自分に問う。


 優れた肖像画は、写真のように客体を正確に再現するのではなく、対象のエッセンスを取り込み、解体して、キャンバスの上に組み直す。単なる外見では窺い知れない、謎をも含んだ「真実」を描き切ったものだ。「私」は、そう覚る。
 何が真実で、何が嘘かが見分けづらくなった今の世界にあって、エッセンスを取り込み、謎が残ることも受け入れ、しかし同時に、真実を淡々と語り合う努力を止めないことこそが、求められているのではないか。長い小説を読み終えて、私にはそんな読後感が残った。ファンタジーな長編小説に、現実に向けたシャープな問いかけが、いくつも埋もれているように感じた次第。

3月3日付、読売新聞夕刊の『もったいない語辞典』に「綺麗」という言葉を寄稿しましたので紹介します。

「綺麗」  中身の充実や覚悟を切り取る

 「鳥取も90センチの積雪を記録しました。ご覧のように、雪が綺麗に積もっています」。雪原と化した市街地を棒で指す予報士の言葉選びに、耳を疑った。死者が出ているというのに「綺麗」とは何事か、と。
 予報士の弁護をするつもりはないが、この場合の「綺麗」は大地を「すっかり」覆うほどの意味で、美しいとは言っていない。 あった物がなくなった時でも、たとえば「綺麗に食べたわね」は隙間無くやるべきことをきちんとやったことを認めていて、言われて嬉しい。「綺麗さっぱり、財布に一文無し」というのも「綺麗な別れ方」も、決定的な状況のなかで人がちょっと羨むような潔さを漂わせている。
 よれよれのTシャツはどうだろう。皺を伸ばし綺麗に畳める人に会うと心の豊かさを感じる。
 「綺麗」は、外見に目線を合わせているようで、実は中身の充実や覚悟みたいなものを切り取っている。
 温泉の浴場で、父親が幼い子に「静かに入りなさい」と諭しているの聞き、ハッとしたことがある。「静かに」も、英語の「クワイエットリー」にはない豊かな身体性がある。
 綺麗なだけの人もいる。可哀想。それでも「イケメン」とか「かわいい」で拾えない響きが「綺麗」にはある。響きは大切で、消されてしまうともったいない。
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 夕吉は、マグカップに「綺麗」にハマりました。   
   
   
   
   
   
   

為末大さんと対談してきました。

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場所は為末さんが館長を務める新豊洲Brilliaランニングスタジアム。

    

日本初の障害者アスリート育成施設で、昨年12月にオープン。

 

      

Brillia は完全ユニヴァーサルデザイン。

障害者も健常者もともにトレーニングできる、日本ではめずらしくオープンで本格的なスポーツ拠点です。

   

   

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 スポーツがあることで

街がどう変わるか、

などなど、

為末さんの

豊富な出会いと

経験から

素晴らしい話をいくつも聞くことができました。

   

走ってみるとほどよい反発があって、風も光も気持ちよかったです。17203048_1446411288716554_8496175277262480917_n.jpg

NHKワールドFace to Face 3月26日(日)放送です。

   

   

   

   

   

   

   

 村上春樹『騎士団長殺し』(2巻、新潮社)の書評、昨日(3月8日付)の朝日新聞朝刊に掲載されています。

 

「私」が再生する物語

 最後に分かるのは、山荘の周辺に起きた奇妙な出来事から現在まで、すでに十年近くが経っていること。最初に明かされるのは、語っている主人公・肖像画家である「私」がストーリーが回り始める前から別れていた妻とは復縁し、小説の舞台から遠く離れた場所で過去のことを思い出しているらしい、ということである。

IMG_1013.JPGのサムネイル画像 夏目漱石の『こころ』の語り手「私」がしばしば「先生の話が益(ますます)解らなくなった」等とふり返るように、春樹の「私」も経験豊かで謎めいた年上の免色渉(めんしきわたる)という相手から言われることを度々「よくわからなかった」、という具合である。春樹の「私」は、生来人前で言うべきことを黙って言わない、どちらかと言えば内気なタイプ。にもかかわらず、千ページを超える大作の一部始終をコンパスで製図したごとくきっちりと語りきっている。記憶に揺らぎはなく、目に見えて耳に聞こえるすべての現実、人によっては見えないけれど実存するディープな非現実も、果てしなくフラットに詳述されていく。

 単調で穏やかそうに見える山中の日々を、少しだけ先に設定された細々(こまごま)とした約束が運んでいる。夜中に鳴る不気味な鈴の音源を免色と一緒に探ろうという「今夜の十二時半」の約束。絵画から飛び出した小っちゃなイデア=騎士団長が同伴する四日後、火曜日に予定される夕食会。二日後という「私」が設けた、免色の娘と思われる少女の肖像画を描くかどうかの決断期限。その間に、人知の及ばない切実なドラマが降って湧く。短距離に連なる未来たちの間を縫うように、主人公は過去を省み、「むしろ失ってきたもの、今は手にしていないものによって前に動かされている」意識を深めざるを得ない。

 単調(な描写)から読者を掬い上げ、目覚めさせ、緊張の渦に巻いてくれるのは「私」が本来嫌いな暗く閉ざされた狭い空間の風景。小さな棺。祠の奥に潜む石室。離婚届が入った返送用封筒。顔のない男のいる深い「メタファー通路」。真実をめぐるいくつもの暗闇を抜け、「私」が再生する物語である。

 朝日新聞社に無断で転載することは禁止されています。承諾書番号「A16-2882」

  

朝日新聞デジタルでもご覧頂けます。

Bunkamuraで開催中の「これぞ暁斎!ゴールドマン・コレクション展」から、展示作品である「祈る女と鴉」について作品評を寄稿しました。今日の「東京新聞」夕刊から。

全文をここに紹介します。

   

 鴉に透ける暁斎の影

 謎めいた風景に想像が膨らむ。女はなぜ祈るのか。17103800_1442809312410085_26697156829086216_n.jpg

 日が暮れなずむ座敷の縁側。遊女は風呂上がり、汗が引くのを待つ間にうつむき加減で一点を見つめている。それをぐっと前景から拡大させた格好で鴉(からす)が眺める。忙しい夜の、支度に入る前の一コマである。

 髪を江戸初期にはやった唐輪髷(からわまげ)に結い、紫陽花(あじさい)模様の長襦袢(ながじゅばん)をぞろりと身に纏(まと)った遊女は、腰の辺りに紅白の紐(ひも)を垂らしている。庭に可憐(かれん)な花を付けた合歓木(ねむのき)が植えてある。葉っぱは開いている。しかし絵師は、薄墨で夜気を描き、簾(すだれ)の衝立(ついたて)の間から部屋に滑り込ませるのを忘れていない。昼と夜が交わる時刻と見受ける。

 水をたっぷり張った角盥(つのだらい)が後ろにある。角盥は、七夕の夜に縁側に出して、牽牛(けんぎゅう)と織女の星を水に映してその光で針穴に糸を通そうとするが、通れば「吉」となる。合歓木も紅白の紐もともに乞巧奠(きっこうでん)、つまり七夕の祭事にまつわるものばかりである。

 さて遊女は芸の上達を祈っているとして、遊女を私たちに近い場所から見守る鵲(かささぎ)ならぬ、鴉は何者か。私には他ではない、鴉の絵で一世を風靡(ふうび)し、画道への精進を誓った画鬼・河鍋暁斎その人の影が透けて見える。

金曜日の夜は、上野のミュージアムへ行ってみませんか?

3月の毎週金曜は「上野の杜」で多彩なイベントが開催されます。

僕が登場するのは、3月17日(金)19時〜20時のフライデーナイトセッション!

NPO法人インビジブルの林曉甫さんをモデレーターに、国立西洋美術館研究員の袴田紘代さんと共にアートトークを繰り広げます。

好きなアート作品や、美術館の楽しみ方をご紹介する予定です。

事前申込制、お申し込みはこちら・・・→

森達也のドキュメンタリー「FAKE」ディレクターズ・カット版DVDが昨夜自宅に届きました。
公開から1年間。「虚報」が世界中に物議をかもし、民主主義社会の根っこにあるものを揺らしまくってきました。
ウクライナにおけるロシアのdezinformatsiya(虚報戦術)、米大統領選挙中、そしてトランプ大統領が就任後メディアを攻撃するのに使うスローガンとしてのfake news。

16999025_1439314312759585_9003870251871193775_n.jpg「作曲」の真否という日本で起きた小さな出来事を追っていますが、世界の気流、フェイク・ニュースの奇々怪々を眺望できるようなマンションの一室が熱い。

  
映画館パンフに書いたエッセイ「ショートケーキと猫の目」も再録。

  

  

  

  

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北斎がコンパスで動物を描き始めたのは、きっと猫からだと思います(「略画早指南」)。
大きい円に小さな円がいっぱい重なってできた生き物なのです。

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