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ROBERT CAMPBELL
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June 12, 2016

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市井の人北斎に会いに/『天理時報』6月12日付「キャンベル教授のニッポン再発見」より

 ゴールデンウィークに入る直前のこと、夕吉を猫ホテルに預けてロンドンへ出発した。
 生まれて初めてのホテル暮らしで少し心配はしたが、平気である。旅行から帰り、家に連れて来ようとホテルに寄ると、猫は受付の女性の膝の上で「貴方どなた?」というような顔で再会の歓びを露わにしていた。6カ月の恩を1週間で忘れるなんて思いたくはないが、怪しいものである。
 さて、ロンドンに行った目的はというと、大英博物館のワークショップと調査である。日本美術の宝庫として知られ、今まで調査や講演などで何度も伺っているが、必ず予期せぬ人や物との出会いがあって驚かされる。
 2011年11月に博物館のシアターで講演をした時のことだ。江戸から明治時代の肖像画を十数枚見せたところ、来場者から日本人の死生観について鋭い質問が飛んできた。
 肖像の表情や姿勢と、画面に書き付けられたたくさんの詩歌から、彼らは日本人が心に持つしなやかで強い力(英語でresilience〈直訳すると回復力〉と言っておられた)の源泉を読み取ろうとした。言うまでもなく、その半年前から英国のテレビでも流れていた東日本大震災と、人々が避難所で送る生活の映像を思い浮かべながら、江戸時代の武士や美女たちを眺めていた。彼らは、眼の前のイメージと、社会全体がどう結びついているかを考えながら、美術を楽しむというスタンスを持っていた。私はそのことに、深く感心した。

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 今回は、日本美術部門主席学芸員のティム・クラークさんの呼び掛けで、欧米と日本から数名の江戸文化研究者を集め、博物館が持つ素晴らしい浮世絵コレクションを間近に見ながら、葛飾北斎とその時代を議論する場を設けてもらったのである。
 名品の中から、来年夏にイギリスで、続いて大阪のあべのハルカス美術館で開催する予定の葛飾北斎企画展に出品すべき作品にしぼって、それぞれが遠い江戸時代の人々からどう見られ、彼らの心をどう動かしたかについてまず意見を戦わす、というところから展覧会の構成を考えたいとのことだった。
 北斎は、「引っ越し魔」と言われ、90歳の長寿を全うするまでに年の数とほぼ同じ回数の転居を繰り返したので、その人生に面白いエピソードがたくさんある。肉筆絵画の傑作が多く残っている晩年を中心に、たとえば北斎に絵を描かせた人々がどんな宗教観を持っていたかとか、本人の手紙や文字作品から思考を引き出し、絵画を読み解く鍵にはできないか。つまり明治に入って創られたという北斎の「奇人伝説」の型を破って、社会との接点から考え直そうという強い意志の現われである。「エキセントリック北斎」とは別の、我々も一層共感できるアーティストが出現するのでは、という期待を胸に夕吉の許へ帰ったのである。